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冷酷な裁判官の考えられない判断。こんな裁判官は即刻辞職するべきだ!

 密室で行われる警察の自白強要による冤罪事件が後を絶たない。この富山冤罪事件も全く罪のない男性が警察のでっち上げにより婦女暴行罪で逮捕され、2年一ヶ月の服役までしたという驚きの事件である。
男性には事件当時にアリバイがあったにも関わらず、執拗なまでの自白強要という事実を捻じ曲げた警察の犯罪行為により一人の人間の人生を奪ったのである。途方もなく重いの罪である。

ところが別の事件で逮捕した人間がこの事件の真犯人であると言うことを証言したため、この男性の無罪が証明されたのである。

そして今日から、男性に無罪を言い渡すための裁判が始まった。無罪を言い渡すのなら即刻言い渡せばいいものを最終的に判決が出るのは2カ月先だと言う。
今日の裁判での注目されているのは、「冤罪の張本人である取調べ警察官を法廷に呼び、でっちあげをした経緯と、理由等を証人尋問で呼べ」との弁護士の要望に対しての裁判官の判断であった。
ところが「藤田敏」裁判官は、この証人喚問を「必要ないとして却下」したのである。
信じられない。
取り調べ警察官を法廷の場で厳しく追及し、男性に謝罪させ、その経緯を世間に動画放映するようなことをしない限り、これからも警察のでっちあげ・冤罪・不正操作は、永遠と続いていくのである。
この裁判官は警察から賄賂でも貰っているのではないか?

この「藤田敏」裁判官は、過去にもこんなひどい判決を言い渡している。まさに
庶民・弱者の大敵の裁判官だ。



花椿不当解雇撤回裁判 予断と偏見だけの不当判決

 知的障害者更生施設「花椿」(南砺市<井口>・社会福祉法人渓明会が経営)を不当に解雇された浅谷夫妻が解雇撤回などを求めた裁判は5月31日に判決が言い渡されました。傍聴者が入りきれないほど詰めかけた富山地方裁判所高岡支部で藤田敏裁判長は「原告の請求をすべて棄却する」と一言述べただけで、判決理由も述べず、すぐに閉廷しました。

花椿不当解雇事件とは

 2001年4月に開所したの「花椿」で、入所している利用者への対応を巡ってトラブルが続いており、利用者を支援する役割の職員であった浅谷敬太氏がその改善を求めて積極的に行動したことが発端です。
 浅谷氏は知的障害者である施設利用者への処遇改善(たとえば投薬ミスの改善やその事実を利用者の保護者に伝えることなど)を施設側に繰り返し求めました。しかし、いっこうに改善されなかったため、浅谷氏は県や国に施設の運営を改めさせるよう指導を求めたり、保護者会やマスコミにも訴えました。
 また、8月、発作を起こした利用者を浅谷氏が緊急に高岡市民病院へ搬送し、施設長への報告が事後になったことも施設側からは規律違反として問題視され、浅谷氏は2週間、出勤停止処分とされました。施設側は、処分が開けても、支援職員として職場に復帰させず、草むしりや彼の自家用車内で待機させるなどの不当な人権侵害を繰り返していました。
 そこで浅谷氏は2001年9月労働組合をつくり、施設側と交渉し、元の職場へ復帰させることを要求しました。渓明会理事会(岩峯理事長・当時)は、組合側と職場復帰で合意し、この解決に向けて、施設長を交代させるなどの努力をしました。
 しかし渓明会内部には岩峯氏の方針に批判的な部分もあり、2002年5月21日、施設利用者への「セクハラ事件」をでっち上げ、浅谷氏を不当解雇したものです。
 浅谷氏は、入所者への不当な扱いと、それに抗議し改善を求めた自分への差別と弾圧を告発しつづけ、解雇後かろうじて生活を立て直した2004年5月、「福祉施設のあり方を変えるために、誰かが声を上げなければならない」と、提訴に至りました。

以下、富山裁判についての記事である

<冤罪再審>「虚偽の自白強要」弁護側が批判 富山地裁支部
6月20日12時3分配信 毎日新聞

 富山県警に強姦(ごうかん)などの容疑で逮捕された男性(40)が服役後に無実と分かった冤罪(えんざい)事件で、男性の無罪を確定させる再審の初公判が20日、富山地裁高岡支部(藤田敏裁判長)で開かれた。男性は「身に覚えはない」と起訴事実を否認。検察側は冒頭陳述で「被告人は無罪です」とのみ述べ、男性の事件への関与を否定した。一方、弁護側は「男性が犯人であるとの強い予断に基づき、虚偽の自白を強要して刑事被告人に仕立てた」と警察・検察の捜査手法を厳しく批判。県警の取調官の証人尋問を求めたが、藤田裁判長が却下した。弁護側は今後、本人質問などを通し、冤罪が起こった原因や背景を追及する。
 男性は02年1、3月に同県氷見市であった強姦と同未遂事件で懲役3年の有罪が確定。約2年1カ月の服役後、「真犯人」とされる松江市の大津英一被告(52)が氷見市の2事件について認め、現場の遺留物とDNAも一致した。大津被告の公判は継続中だが、検察は「男性の名誉回復を急ぐ必要がある」と、大津被告の有罪確定前に再審請求する異例の展開に。
 公判中なら、検察側が起訴を取り下げることができるが、男性の刑は既に確定。刑事訴訟法に基づいて裁判をやり直し(再審)、無罪判決を受ける必要があった。
 再審初公判では、裁判長による人定質問に続き、検察側は5年前の公判と同じ強姦と同未遂罪の起訴状を朗読した。
 この後、弁護側は冒頭陳述で「(アリバイなどの)裏付け捜査を怠り、予断と偏見に基づいて不当な逮捕・拘置・取り調べをした」「供述内容は、捜査官が実況見分結果や証拠・資料からねつ造した物語を一方的に押しつけ、男性に無条件で認めさせて作成した」などと警察・検察の自白強要を指弾。当時の県警の取調官の証人尋問を求めたが、検察側が「不要」と主張。裁判長らが協議し、請求を却下した。
 第2回公判は7月18日に開かれ、本人質問などをする予定。【茶谷亮、上野宏人】

富山冤罪事件とは

富山県警が07年1月19日、強姦(ごうかん)と強姦未遂の2事件(県西部の民家に侵入して少女を針金のような金属線で後ろ手に縛るなどして乱暴、また、同3月、県西部の民家で、少女に刃物を押しつけ乱暴しようとした)の容疑で起訴され、懲役3年の実刑判決を受け服役した、同県氷見(ひみ)市のタクシー運転手の男性(39)が、別の罪で公判中に無職の被告(51)がこれらの事件の容疑を認めたため「えん罪(無実の罪)」事件であったと発表したことで明らかになった。

県警と富山地検は「客観的証拠はなく、自白の裏付け捜査が不十分だった」と認めた上で、約2年1カ月間服役後、05年1月の仮出所後していた男性に謝罪、無職の被告を再逮捕するとともに、富山地検高岡支部は07年2月9日、富山地裁高岡支部に男性の無罪を求める再審を請求した。07年3月2日の公判で、無職の被告は2事件について「私がやったことに間違いありません」と起訴事実を認めた。

だが、この事件は捜査当時から足跡が男性と一致しないことを県警は認識していたばかりか、電話の通話記録から男性のアリバイは成立していた等の事が判明しており、完全な手抜き及び怠慢捜査というより、「でっち上げ」であった。「

当時、同居していた父親は入院中で、一人暮らしだった男性は02年3月に起きた強姦未遂事件で県警から同年4月に任意の取り調べを受け、当初否認したが、取り調べ3日目に自白させられ、県警は逮捕された。

なお、県警や富山地検はそれぞれ「故意または重過失ではない」「職務上の義務に反したわけではない」と、当時の捜査関係者を処分しない方針を示している。

富山県警安村隆司本部長は07年3月28日、3月定例富山県議会の会派代表質問で山辺美嗣(自民)、湊谷道夫(社民)両議員の質問に答え、「重大な人権侵害であり、大変申し訳ない。関係者や県民に深くおわびするとともに、二度とこのような事案を起こさぬよう、職員一丸となって適正捜査の徹底に努めたい」と述べ、県警トップとして謝罪した。また、本部長は、今回の問題の原因について「客観的証拠を得るという裏付け捜査が不十分だった。被疑者の供述があった場合でも、裏付け捜査で供述の信用性を十分吟味し、慎重かつ適正に運用するという基本を徹底せねばならない」と説明。男性に対しては「誠心誠意、組織をもってバックアップし報いたい。(同問題について調査中の)県弁護士会と面談したいとの希望があれば、サポートしたい」と述べた。

一方、当時の捜査担当者らの処分については「問題は、必要な裏付け捜査を欠いたという誤りにあり、厳しく注意、指導を行っている」などとして、行わない方針をこれまで通り示した。

このほか、取り調べ時の可視化や録画、録音の実施を求める質問に対し、安村本部長は「(取調官と被疑者との)人間関係の構築や、任意の供述を得ることが困難になる。被害者のプライバシーに関する情報が不必要に公判でさらされることにもなり、慎重な検討が必要だ」と、否定的な考えを述べた(07年03月01日付『毎日新聞』)。

男性に取材した朝日新聞よると、逮捕直後に自供を覆し容疑を否認したが、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ」と怒鳴られ、「今後発言を覆さない」旨の念書を書かされたという。公判でも認め続けたことには、「何を言っても通用しないと思い込まされてしまった」と悔しさをにじませた。

男性によると、任意の取り調べの際、取調官から「家族が『お前に違いない、どうにでもしてくれ』と言っている」などと何度も迫られた。「犯行時間帯には電話をかけていた」と訴えても、取調官は「相手は電話を受けていないと言っている」と認めず、「家族にも信用されていないし何を言ってももうだめだ」という心境になったという。

逮捕後、思い直して、検察官と裁判官に対し一度は否認した。その後、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ、バカヤロー」と怒鳴られた。翌日、当番弁護士にも否認した。すると、取調官から白紙の紙を渡され、「今後言ったことをひっくり返すことは一切いたしません」などと書かされ署名、指印させられた。「『はい』か『うん』以外は言うな」と言われ、質問には「はい」や「うん」と応じ続けたという。

起訴後の弁護士は国選で、数回やりとりをしたが、すでに取り調べで罪を認めざるを得ないと思い詰めていた。「否認しても信じてもらえない」と、公判でも一貫して認め続けた。

男性は「誰かが、がんばれがんばれと言い続けてくれたら、がんばることができたかもしれない」と無念さをにじませた。判決を言い渡され「申し訳ございませんでした」と言ったが、「やってもいないのに、何でこんなことを」と悔しくて涙が出たという。

仮出所後、周りから前科者と白い目で見られているようでつらかった。職も居場所も転々とした。自殺しようとしたこともあった。

一番つらかったのは、判決前に、入院中だった父親を亡くした時だ。拘置所に面会に来た人に「お父さんは悲しんで死んでいった」と言われ、一日中泣き続けた。1月の無実判明後、地元には帰っていない。騒がれ近所に迷惑をかけてしまうと思うからだ。「墓前に無実を報告していないので、早くしたい」

男性は(県警や富山地検が関係者を)「処分しないと聞いたときは腹が立った。処分がないというのは、『間違った取り調べをしていない』と僕に対して言っているのと同じ」と話した。県警の謝罪に対して「失った期間は戻って来ない」と答えたという(07年03月05日付『朝日新聞』)。

「自白頼るな」異例指導=富山冤罪で最高検通知 

最高検は全国8高検と50地検の次席検事に対し「自白などの供述証拠に安易に頼ることなく、基本に忠実に検察権を行使するように」と指導する通知を出した。最高検のこうした通知は極めて異例で、2009年の裁判員制度導入を前に、危機感を募らせているとみられる。通達は、まず「無辜(むこ、罪のないこと)の者を早期に刑事手続きから解放することも、検察官の重要な使命」と指摘した上で、自白などの供述証拠は「変遷しがちで信用性の検討を要する」とし「消極証拠(容疑者側に有利な証拠)を含む全体を十分吟味し、特に犯人か否かにつき、あらゆる角度から綿密、冷静な検討を遂げて事件の適正な処理に努めることが肝要」としている(07年03月13日配信『共同通信』)。

☆ 冤罪で2年服役、母の遺影持たせ自供迫る(07年03月21日配信『共同通信』)
 07年6月21日、富山市内で共同通信の取材に応じたえん罪被害者の男性は、取り調べで、母親の遺影を持たされ自白を迫られたことや供述を翻さないとする念書を取られたことなどを打ち明け、あらためて「警察は信用できない」と悔しさをにじませた。

主な一問一答は次の通り

-無実なのになぜ容疑を認めたのか。

「警察に『おまえの家族が(犯行は)間違いないからどうにでもしてくれと言ってる』と言われ、見捨てられたと思った。死んだ母の写真を持つように言われ『母さんにやってないと言えるのか、母さんが泣いてるぞ』と言われ続けた」

-逮捕後、地検と裁判官には否認したが。

「やっていないと否認したが、氷見署に戻ると『何を言ってるんだ、ばかやろう』と怒鳴られた。白紙に『今後ひっくり返すようなことは一切言いません、氷見警察署長殿』と書くように言われ、名前を書いて指ではんこを押した」

-公判でも一貫して認めたが。

「裁判の前に面会に来た家族から父が死んだと聞かされ、何も考えることができなかった」

-判決を聞いた気持ちは。

「やってもいないのに懲役3年を言われて、心の中で悔しい思いでいっぱいだった」

-服役中は何を考えていたのか。

「まじめにやっていればすぐに出られると思った。それだけだった。仮出所後、世間の冷たい視線を感じ、死のうと思ったが、父の『死ぬな』という声が聞こえ、思いとどまった」

-警察から無実だったと言われた時の気持ちは。

「最初は訳がわからなかった。警察はただ頭を下げればいいという感じに見えた。『うち(警察)にも非があるが、あんたにも非がある』と言われ、頭に血が上り『こういう状態にしたのはあんたたちだ』と叫んだ」

-再審開始が近く決まるとみられるが。

「早く終わってほしい。あの裁判所には行きたくない」



☆ この事件の公判で採用された一連の証拠書類が明らかになり、捜査当局による「自白」捏造(ねつぞう)の事実がわかった。

男性が知らないはずの被害少女宅の克明な見取り図が作製されていたほか、男性宅から押収された凶器のナイフも、被害少女の証言とは異なっていた。男性は07年6月6日、日本弁護士連合会が都内で開くシンポジウムに参加、取り調べの実態を証言する。

公判で証拠採用されたのは、婦女暴行事件(02年1月)の被害少女(当時18歳)の自宅と少女の部屋の見取り図、現場で足跡が採取された靴の絵、男性の供述調書など。

男性は02年4月15日に婦女暴行未遂容疑で逮捕され、5月5日、いったん処分保留で釈放された後、同日、婦女暴行容疑で再逮捕された。見取り図や靴の絵は、5月20~27日にかけて、警察官への供述調書に添付する形で描かれた。見取り図は現場とほぼ一致し、「任意に作製した」として男性の署名と指印もある。しかし、男性は、見取り図を描いた翌日に捜査員と同行するまで、少女宅を訪れたことがなく、「取調官に両手首をつかまれ、描かされた」と話している。

一方、この少女は事件から8日後の県警の事情聴取などに「男がギザギザの刃が付いたサバイバルナイフのような大型ナイフを持っていた」「チェーン様のもので縛られた」と説明。

これに対し、県警が男性宅を捜索して押収したのは果物ナイフで、その後、ビニールひもが男性宅の納屋で見つかった。逮捕後の男性の供述調書には「気が動転した少女の記憶違い」「ひもを2重にし、鎖状にして縛ったものを用意した」と押収物に沿った内容が書かれていた。結局、起訴状ではこれらが凶器とされ、同年11月の判決も同様の認定のまま有罪を言い渡した。

富山県警捜査1課は「当時の捜査について細かいことは答えられないが、見取り図や靴の絵を誘導して描かせたようなことはしていないはずだ」と話している(07年06月05日付『読売新聞』)。

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無題
こんなに偉そうに批判をしていらっしゃいますけど、あなたが裁判官の立場だったら絶対に正しく裁けたといえるんですか?
まぁ、そもそもこんなところでブログを書いているような人が裁判官にはなれるとは思いませんが。

確かに無罪の方を何年も服役させてしまったミスはなかなか許しがたいとは思いますが、はっきり言ってあなたのような人に司法のレベルは幼稚園児並みだとか即刻辞職するべきだとかいう筋合いもないと思いますよ。そんなこと言うぐらいでしたらご自分で司法を勉強してどうにかなさったらどうですか?
from: URL  2008-01-09 Wed  [ Edit ]
しんさん
こんにちは。裁判は人を裁く場で無ければいけないのに、日本では常に裏取引と談合が渦巻いています。起訴された場合の有罪率が99%というのも、ありえない話だと思います。もっとまともな司法の場になって欲しいですね。
from:ふぁんきーぶらぼー URL  2007-06-21 Thu  [ Edit ]
凄いですね
一つの事件をここまで掘り下げるのには感服です。
裁判官は世論を現実と捉えていない風潮があるから、それを補う為に裁判員制度が開始されるのでしょうね。
判決を下す側が感情を持ってはダメなのでしょうけども、間違ったら謝る態度は持って欲しいけど、謝る裁判官ってのも何だかなとは思えますね。
from:しん URL  2007-06-21 Thu  [ Edit ]

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