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「日の丸・君が代」の強要は違憲だとした昨年九月の東京地裁判決から、初めての卒業式シーズン。東京都内で行われた都立高校の卒業式では、国歌斉唱時に初めて起立しなかった教諭の姿も目立った。今月末には都教委による大量処分も予想され、都知事選の新たな争点として浮上しそうな「日の丸・君が代」の強制問題に対する現場の教諭の思いとは。「『立ちなさい、歌いなさい』というやり方は教育行為ではない。これでは調教。戦前教育の再現だ」・・・・ 

本年度の都立高校の卒業式では、都教委の祝辞も教員の間で波紋を広げた。 都教委から各校の卒業式に参列した職員のあいさつが、卒業生に送る言葉もそこそこに、石原都政の「功績」をアピールするような内容になっていたからだ。
 祝辞は昨年のトリノ冬季五輪での女子フィギュアスケートの金メダル獲得に触れた後、なぜか「五輪の理念」を解説。続けて「東京都は平成二十八年の第三十一回オリンピック競技大会の国内立候補都市に決定し、オリンピック招致を目指しています」と石原知事の目玉政策を説明した。このあいさつ部分はどの高校の卒業式でも同じだった。
 都教委高等学校教育指導課の担当者は「あいさつは前半にいじめ問題を取り上げており、卒業生の門出に暗い話ばかりではいけないと考え、明るい話題としてオリンピック招致を出した。間違ったことは言ってはいない」と説明する。

以上東京新聞.comより転載終


都知事選の争点の一つに是非、この「日の丸・君が代」の強要がなって欲しいものである。オリンピックの招致の問題よりも、よっぽど重要な選択肢の一つだ。私自身も「日の丸。君が代」が嫌いなことは全く無い。日本の国旗には思い入れも深いし、君が代の詩にも日本人としての気質や情緒が感じられる。オリンピック等で国の代表選手がメダルを獲得したときの表彰台で流れる国家や国旗には感動も覚える。卒業式等の祭典で君が代を歌うことに反対もしない。しかし、強要するということは絶対にあってはならないことだ。歌う・歌わないは個人の自由であり、思想・信条によるからだ。強要の理由は「日の丸・君が代」によって国家を敬う精神教育であるらしい。しかし国家を敬うかどうかは個人の感じ方でもあるし、今の国家が敬えるほどの国家かどうかは時代背景や政治、社会にもよる。ちょっとまえに閣僚たちの閣議の際、首相が登場したときに閣僚たちが私語をしていたり規律しなかったりと言う場面で中川蛙幹事長が「もっと首相に尊敬の念を持て」みたいなことを話し失笑買ったが、尊敬するかどうかは首相次第であるし、首相の人となりや言動や行動を見て、素晴らしければ自然に尊敬するようになるものであり、決して「尊敬しなさい」と強要されてするものではない。
このととと良く似ている気がする。

殆どの学校で、卒業式に参列した職員のあいさつが、卒業生に送る言葉もそこそこに、石原都政の「功績」をアピールするような内容になっていたというのはもっての他である。卒業式は卒業していく生徒たちが主役であり、生徒たちには「君が代も、国旗もましてや都知事の功績」なんてどーでもイー話なのである。職員からは学校生活での思い出話や、卒業後の役立つ話などが聞きたいのであり、恩師や友人との別れを惜しむ大切なイベントなのである。シラケ切った都知事の功績なんて「糞食らえ!!」なのだ。都知事選を控えている石原が参列している保護者に対するアピールとして使ったのであれば由々しき問題だ。やることが姑息で腹立たしい。

こんな人間が引き続いて都政を担うようなことになったら、東京が、いや、日本が沈没してしまうだろう。


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当ブログはきたる東京都知事選で浅野史郎さんを応援しているが、浅野さんに関して、岩手県在住のsonicさんからコメントをいただいたので紹介する。【岩手に生まれた者は強者の論理をとってはならないと言うこと】浅野
きまぐれな日々 2007-03-22 Thu
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